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目指せ!歴史年表マスター⑤

17年10月26日

お久しぶりです。
11月の北辰テストがもうすぐありますね。
今回も語呂合わせで年号を覚えていきましょう。
テーマは「ロシアとソ連」です。

ロシア革命(1917)=「(演説が)と(1)く(9)い(1)な(7)レーニン=(演説が)得意なレーニン」
ロシアでは皇帝による専制が行われていました。
第一次世界大戦(1914)が長引くと、
戦争や皇帝に対して不満を持つ人々が各地で反対運動などを行い、
ソビエトと呼ばれる代表会議が設けられました。
そして皇帝が退位し、議会中心の臨時政府ができましたが安定しなかったので、
レーニンの指導により新しい政府(革命政府)ができました。

ソ連の成立(1922)=「ひとつの(1)く(9)に(2)に(2)なりました=一つの国になりました。」
ロシア革命(1917)は社会主義の革命です。
イギリスやアメリカなどの資本主義国は、
社会主義の影響が広がることを恐れ、
シベリア出兵を行います。
そして革命政府は、
一連の干渉戦争に勝ち、国内の反対派も抑え、
ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)を成立させました。

今回はロシア革命とソ連成立について学習しました。
北辰テストに向けて、今までのゴロをまとめたり、
自分なりに簡単な年表をつくったりして、
学習を続けましょう。

◆過去の『目指せ!歴史年表マスター』◆
「近代の戦争編①」
「近代の戦争編②」
「明治時代の諸政策①」
「明治時代の諸政策②」

目指せ!歴史年表マスター④

17年10月12日

4回目となる今回は「明治時代の諸政策②」です。
早速見ていきましょう。

『民撰議員設立の建白書』の提出(1874年)=「ひとの(1)は(8)な(7)し(4)を聞く=人の話を聞く」

征韓論政変によって政府を去った板垣退助は、
新たに政府の中心となった大久保利通の政治を、
専制政治(少数の人々が権力をにぎり、思い通りに政治をすること)であると批判します。
そこで、議会を開設し、国民が政治に参加できるようにすべきだと主張します。
「民撰議院設立の建白書」の提出は、日本の自由民権運動の出発点となりました。

内閣制度ができる(1885年)=「いち(1)ばん(8)は(8)このひと(5)=一番はこの人」

日本の内閣制度はここから始まりました。
明治時代はじめの政府のしくみは、太政官制でした。
それを廃止し、内閣総理大臣をトップとした、行政組織を作りました。
初代内閣総理大臣は伊藤博文です。(一番目の首相はこの人)

大日本帝国憲法の発布(1889年)=「いち(1)は(8)や(8)く(9)=いち早く」

1889年2月11日に発布された日本の憲法。
アジアで一番早く作られた近代憲法とされています。
この憲法では天皇が主権者で、
国民は「臣民」とされ、
議会で定める法律の範囲内で様々な権利が認められました。

いかがでしたでしょうか。
次回の年表マスターは10/26(木)を予定しています。
今までに紹介したゴロの他にも、
自分で考えてみたり、作ってみたりして、
どんどん覚えていきましょう。

◆過去の『目指せ!歴史年表マスター』◆
「近代の戦争編①」
「近代の戦争編②」
「明治時代の諸政策①」

 

 

目指せ!歴史年表マスター③

17年10月05日

歴史年表マスターも今回で3回目。
今回のテーマは「明治時代の諸政策①」

廃藩置県(1871)「藩とは1(い)8(わ)7(な)1(い)=藩とは言わない」

目的は国家権力の体制を中央集権にすることです。
版籍奉還(1869)では、天皇に各藩の土地と人民を返還させました。
しかし以前の藩主が知藩事として、以前と同じように治めていたので、
あまり変化がなく、各藩が力を持ち続けました。
そこで、すべての藩を廃止して、新しく府と県を置きました。
また、政府の任命した府知事と県令がその府県を治めることになりました。
こうして、権力が各地に分散していた体制から中央集権体制に変わりました。
ちなみに、、、
琉球処分(琉球藩設置から沖縄県の設置までの過程)で、
沖縄県が設置されたのは1879年です。
「琉球とは言わなくなった」で覚えましょう。

学制(1872)「ひと(1)は(8)な(7)に(2)よりも学校へ=人は何よりも学校へ」

教育改革の政策です。
江戸時代には武士の藩校や庶民の寺子屋などの教育施設がありましたが、
明治時代になり、欧米諸国に対抗するために、
政府は全国各地に学校を設置し、統一的な教育をし、国民の教育水準を高めようとしました。
そして「6歳以上のすべての男女は学校に行くこと」と定められました。
当時、農村では子どもは大切な労働力であり、
また、当初は学校の建設費負担や授業料の支払いもあり、
反対する人も少なくありませんでした。

③地租改正(1873)「い(1)や(8)な(7)さん(3)ぱーせんと=嫌な3%」

税制改革の政策です。
これまでの日本は、稲・米を年貢として納めさせていました。
しかし、農作物のため、年によってたくさんとれたり、とれなかったりします。
明治政府が様々な政策をする上で、お金を安定的に得る必要があります。
そこで、農民に地券を発行して地価を定め、地価3%現金で納めさせるようにしました。

④徴兵令(1873)「ひと(1)は(8)な(7)み(3)だの=人は涙の」

兵制改革の政策です。
開国をし、欧米諸国の強さを目の当たりにした政府は、
軍事力の強化が重要だと考えます。
そこで、「満20歳の男子」に3年間の兵役の義務を定めます。
ただし、様々な免除規定があったので、全員が兵役についたという訳ではありません。

いかがでしたでしょうか。
今回は明治時代初期の中央集権化、三大改革を扱いました。
ゴロを何度も音読して覚えましょう。
次回は「明治時代の諸政策②」です。
お楽しみに。

◆『目指せ!歴史年表マスター』過去の投稿◆
「近代の戦争編①」
「近代の戦争編②」